毎日悲惨な戦場の情報が報道されていますが、それにしてもロシアの国の中でいくら情報統制が行われているとはいえ、全面的に信じている人がいるのに驚かされます。
家族間でも子供の世代はネットなどで他の国の情報を得ていてそれを母親に話しても信用せずすべてフェイクニュースだと思い込んで家族内でも分断があると・・・
ふつう日本じゃ考えられんことですね。
そこまでプーチンを信用するとは、なんだかオウム真理教の事件を思い出しました。
結構頭の良い人たちも丸め込んで洗脳して一大組織を形成していましたし、サリンをまいたり犯罪行為もし放題でした。
普通では考えられないような出来事ですが、それだけたくさんの人を洗脳できるんだ・・・と恐怖を覚えたのを思い出します。
同じようなことがロシアでも行われているんでしょう、軍事の増強だけでなく洗脳の面からも対策を練らないといけない時代なんでしょうね。むしろその方が怖いです。
無防備の民間人が殺されていく、同じ人間なのに・・・
いくら尊敬する指導者でも信用しすぎは良くないと思います。
一番、人として大事なこと、獣との違いは何だろうと考えてみました。
いろんな人種や国がありますが、根本はそれより前に人であるということ、その尊厳を守ることが国よりも民族よりも優先すべきことだと思います。
たとえ、優秀な指導者、極端な話、自分の親であっても、「無抵抗の人を殺せ」と口にしたとしたら、その時点で人としてその人は信用してはいけないと思います。
命令する人はいろんな大義を口にしますが、どんな大義よりも人であるということ、人としての尊厳を守るということが優先すべきことなんじゃないでしょうか。
大義は口にする人の都合によってどうにでも変わってしまいますが、人であるということは変わることはありませんから。
武装したもの同士が戦うのはまた違いますが、非武装の民間人を無差別に殺害していくのはもはや人の所業じゃないですね。
どんなに偉そうにしていても所詮人間ですし、その他大勢とそんなに変わるわけはありません、どんなにあがいたって人は神には成れないんです、成る必要もないんです。
いろんな考え方があるから、いろんな文化があるから新しい文化や考えに触れて人は成長するし、新しい知恵を付けることができる、そして人類は進化して可能性は拡がっていく。
同じ考えの人ばかり集めても新しい発想は生まれないし人としての成長や可能性も狭まってしまう。
もっと自国のためとか狭い視野じゃなく、人類としての未来の可能性を拡げてくれる指導者が出てくればいいと思うんですが・・・
人って、思いやりやおもてなしの心に感動するじゃないですか。自分が嫌な思いをすることを人にして幸せを感じる人ってどっかおかしいと思うんですよ。自分がしてもらってうれしいことをしてあげることで相手は喜ぶだろうと思うわけじゃないですか、まあ大きな勘違いもあるでしょうけど。
いろんな考えの人がいるので考え方が違っても良いと思うし、一つの考えばかりが集まるのも逆におかしいと思うんですが、
思想の前にまずは「あなたは人でしょう?」とみんなが思っているんです。
道に子供が血を流して泣いている、そんな状況で、子供に銃を向けて兵士に殺せと命令を下すのは人のすることじゃないでしょう。
世の中の人のほとんどがロシアの外相やプーチンの言ってることはおかしいと感じるのはそういうことなんじゃないでしょうか。
なんか、今日もちょっと熱くなって長くなってしまいました・・・