お気に入りのグラス・・・

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琉球ガラスの人間国宝 稲嶺盛吉さんのグラスです。

そこのちょっと黄色くなってるのはカレー粉を入れて焼いてるそうですが、何年か前に気に入って買ったグラスで普段お茶を飲んだりしてるグラスです

他にもこれは普通のどこにでもある人間国宝が作ったのではない、お気に入りの薄い一口ビアグラスがあったんですが先日見事に食洗器の中で割れてしまいました・・・

 

 

どちらもお気に入りで無くなるとちょっと凹んでしまうものですが、どうしても使ってるとそういうものから無くなっていくことが多いんですが、それでも飾って置いとくよりも使ってやった方が使ってるうちは気分が良いですし、まあ本来の使い方かなと思います。

もちろん壊れないように大事に使ってはいるんですが、壊れてしまったらそれも受け入れるしか仕方ないし、考えてみれば、世の中に永遠にそのままの物なんてないですしね、壊れてしまうことを心配して使わないのも本来の役目ではない気がしますし、儚さも含めて大切に思っているのかもしれません。

 

また壊れたら新しい出会いがあるでしょうし・・・そうやって続いていくもんなんでしょうね

 

色々物は変わっていくでしょうけどその思いやその考え方は永遠に続いていってくれればいい・・・なんて思うのは人生と同じ気がしますね。

 

それを伝えていくのはいったい誰に伝えるのかという問題は残るでしょうけどね・・・笑

息子か?親友か?話した誰でもない人か・・・

 

まあそれでもその考えをまた生かして、新しいその人自身の考えも織り交ぜて伝わっていく・・・

それが伝えるということなのかも・・・とこの頃考えたりします。

 

「永遠とは・・・消えない、変わらないものじゃなくて変化しながらも思いを紡いでいくもの、」かと・・・

何百年、何千年と経つと全く変わってしまっているかもしれませんが根底にある思いはそこから始まってるというか、変わった原因は・・・いろんな人の叡智や経験や失敗や成功を繰り返した人類の進化かと

自分の生きていた意味は結局どこかで誰かに話した一言かもしれませんし、それに影響されたいろんな人がどんどん代替わりしていって人類が続いている限り続いていれば何かの糧になっている

結局のところどうなってるのかはわかりませんが何かの糧にはなっているということで生きていた意味はあるかなと・・・笑

 

人生、生きていると、「いったい何のために生きているのだろう・・・?」とか考える時期が来るんです。

その意味を探したい・・・生きた証を残したい・・・

色々葛藤しますがなかなかその答えは見つからない・・・

 

結局のところそんな大そうなことを考えなくても、ちゃんと考えて生きて、それを友達でも誰でも人にちゃんと接しながら話しして生活していればそれを受け取った人がちょっとは影響を受けてまた生活して・・・それをまた思いを誰かに伝えていきさえすれば人類には意味があるって話です。

 

またその思いは歳取るごとに変わるのかもしれませんが・・・還暦過ぎたじじいの今の私の考えでした。

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